世界が驚嘆した宮彫り

宮彫りの歴史と芸術性

日本全国に建立されている寺社の建築物に精巧に施された彫刻を「宮彫り(MIYABORI)」と呼び、日本独自の芸術文化財として認知を進めています。

「宮彫り」は、桃山時代から江戸・幕末にかけて建築物に多用され、伊達政宗は、都の文化として彫刻大工や宮大工を藩内に呼び寄せ、宮城県瑞厳本堂(国宝)を建築しているほか、豊臣秀吉や徳川家康も彫刻を建築物に用いたことで知られています。

特に、民衆の宗教的演出効果を狙った経典の場面や極楽浄土の景色などを欄間などに彫刻し、金箔や彩色を施し、堂内を荘厳にするようにし、それを結実させたのが、栃木県・日光東照宮の名工・左甚五郎の眠り猫を代表作とした宮彫りです。

近年、文化庁が実施した「近世社寺緊急調査」(昭和40年代)の結果、全国の社寺の彫刻には、海外から“日本のミケランジェロ”と称賛される彫物大工「石川雲蝶」や葛飾北斎の木版画『神奈川沖浪裏』(かながわおきなみうら)に影響を与えたという彫物大工「武石伊八郎(波の伊八)」、全国にその作品を遺している安房の国の名工「後藤利兵衛義光」など各地に彫物大工が存在したことが分かりました。

「宮彫り」は、芸術性の高さから海外からも大変大きな注目を浴びています。

神奈川の龍の宮彫り

神奈川県には、鎌倉・箱根・江の島など各地に約3,000ヵ所の寺社があると言われています。 その寺社には、龍の天井画や本殿の周りに精緻を極めた彫物や欄間など多くの作品が遺されております。

江戸時代に名高い名工を招聘した作品や地元神奈川で修練した彫り師による宮彫りも数多く遺されて、今も寺社の荘厳さを保ちながら、その輝きを放っています。

しかしながら、県内の宮彫りの中には、今まで本堂・本殿の中で大切に保存されてきたものは数少なく、多くは永い間、風雨に晒されており、経年劣化とともにその存在が危ぶまれている芸術性の高い作品も見受けられます。

公益社団法人神奈川県観光協会は、神奈川県内で宮彫りの研究を進める神奈川探龍倶楽部・代表上田康史氏と協力し、失われる寸前の神奈川県内の寺社の宮彫りに新しい光を当て、文化財としての価値を地域の方々とともに認識し、情報を発信してまいります。

日本全国に現存する宮彫りの文化的な価値を再度見直し、国内外の方々にご紹介することで、インバウンド観光の新たな取り組みと、日本独自の文化財保存活動の一助になればと考えております。

神奈川県から日本の文化財の意義を発信してまいります。