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通な神奈川旅のアイデア 「TOP of 城マニア!」

通な神奈川旅のアイデア 「TOP of 城マニア!」

大山・丹沢・相模川流域エリアの観光協会の方々が集まって考案した「通な神奈川旅」のアイデアをご紹介します!

テーマは「TOP of 城マニア!」です。



城や城址公園はなくとも昔はその場所にお城があった場所、言うなれば「今は無いお城」を巡るマニアックなテーマです。


ターゲットは、歴史に興味があり、文献や跡地を見に行くのが好きなアクティブ志向型+知的教養追求志向型の方々でしょうか。


国内には「城マニア」と呼ばれる、お城の愛好家が数多く存在しています。


現存するお城の風景や歴史、城下町歩き等を楽しんでいるようですが、城跡もなく、かつてお城があったであろう場所を巡る方は珍しいのではないでしょうか。


神奈川県内には、城址の痕跡がわずかに残るような「今はないお城」がいくつか存在します。


そうした場所を巡りながら「今はないお城」の歴史や由来を学んでいき、(今は無い)城跡周辺も楽しんでいただく、定番のお城巡りでは飽き足らない、まさに「TOP of 城マニア」向けのテーマ旅をご紹介してまいります。


ちなみに昨年の「お城EXPO2024」は、12月21日(土)~22日(日)にかけてパシフィコ横浜にて開催されました。

「お城EXPO2024」では二日間で20,754人が来訪したそうです。お城コンテンツの人気がうかがえますね!


「お城EXPO」の情報はこちら!(外部サイトにアクセスします)




では、マニアックなお城好きに送る「今はないお城」についてご紹介してまいります。

※ご紹介するお城の中には、現在私有地や宅地となっている場所もございます。みだりに敷地に入らないよう、お願いいたします!

七沢城址

戦国時代を生きた城址

室町時代の中頃、宝徳2年(1450年)足利の近臣たちと上杉の重臣たちとの間に争いが起きたことがきっかけで築城されたと伝えられています。

上杉方に攻められた足利成氏は、いったん江の島に逃れますが、七里が浜での合戦で上杉方を退けます。敗退した上杉憲忠は七沢山に要害を構えました(※「鎌倉大草子」に記載あり)。これが「七沢城」ではないか、とされています。

長享2年(1488年)、上杉氏の親族間で不和が生じ、山内上杉氏が当時の扇谷上杉氏(上杉朝昌)が所有していた七沢城方面に襲来し、戦が起こりました。上杉朝昌の兄弟である上杉定正が川越から一昼夜で駆けつけ、七沢城付近のにおいて、少数の兵で山内上杉顕定の大軍を破り、奇跡的な勝利をあげた、という逸話もあります。

七沢城が最終的に放棄された時期については、16世紀半ばではなかったかと思われますが、はっきり分かっていません。七沢城は、中世の山城であり、江戸時代の天守閣を備えた城とはかなり違ったものだと思われます。

厚木市七沢には、七沢城に関連すると思われる古い地名が残っています。

●住所:七沢1304周辺 ※現在の七沢リハビリテーション病院脳血管センター付近
●問合せ先:なし
●アクセス:
最寄り駅 バス停「七沢城跡(神奈川中央交通)」徒歩0分
車の場合 厚木ICから20分 広沢寺前駐車場(無料)をご利用ください。


厚木城址

現在は痕跡がない幻の城跡


現在は、知恩神社の北側の畑の中に堀切の跡とみられるものがある程度で、看板等もありません。

正確な城跡は不明ですが、知恩神社(もとは「知恩寺」という寺で戦国時代の天性年間(1573年~1593年)に開山したといわれている。)が厚木氏の館跡と伝えられています。

※現在は私有地となっているため、敷地には入らないよう注意しましょう。

●住所:厚木市旭町2-11-19付近
●問合せ先:なし(詳しくは厚木市まで)
●アクセス:小田急線本厚木駅 徒歩5分(0.4㎞)

丸山城址公園

堀に囲まれた幻の中世館「丸山城」



現在は都市公園として整備されていますが、かつて鎌倉時代には幕府とのつながりも深い御家人である糟屋藤太有季(かすや ありすえ)の居館、また室町時代には上杉定正(うえすぎ さだまさ)の館として使用されていたといわれています。

過去に実施された発掘調査では、周囲を囲む形で深さ6mを超す堀や土塁等の遺構が確認されています。

全容が不明でまだまだ謎が多い城ですが、武士の時代の伊勢原を語る上で欠かせない遺跡です。

●住所:〒259-1143 神奈川県伊勢原市下糟屋2168-2
●問合せ先:伊勢原市役所緑公園課(TEL:0463-94-4759
      伊勢原市教育総務課文化財係(TEL:0463-74-5109
●アクセス:
・小田急線 伊勢原駅から徒歩20
・小田急線 伊勢原駅北口から神奈川中央交通バス2番乗り場「愛甲石田駅」行き「粟窪入口」下車後、徒歩5

●トイレあり(おむつ交換代、ベビーチェアあり)

細野城址

中津川を望む天然の要害


細野城は、南西方向から中津川の方へ下る尾根など周辺の地形を利用した中世の山城です。築城された時期は不明です。

城域は、東西約130メートル、南北約240メートルほどでした。

城主は、小田原北条氏の家臣であった内藤下野守秀勝で、この周辺の田代・半原・小曽郷(海底)・隅田(角田)・箕輪・下村・坂本・五坊(北原)・磯辺を支配していました。

のちに、その子である三郎兵衛秀行とともに田代城を築いたとされます。

現在は、周辺に城山、本丸、二の丸、木戸口などの地名が残るほかは、礎石・空堀などの遺構は国道の開通により失われました。


●住所:愛甲郡愛川町半原5287付近
●問合せ先:愛川町郷土資料館 開館時間:午前9時~午後5時(月曜休館※祝日の場合はその翌日)
 細野城址は常時見に行くことができます。
 愛川町郷土資料館は月曜休館です。
※文化財案内板「細野城址」は、半原191 マキノ中津川寮付近に設置しています。
●アクセス:バス(神奈川中央交通 本厚木駅)野外センター前経由半原行き、青雲寺入口下車 徒歩5分

関連リンク(探してみよう「文化財案内板・標柱」)はこちら

深見城址

記録には残っていないが、遺構がある幻の城址

境川沿いの台地上、矢倉沢往還、鎌倉道、滝山街道をにらむ位置にあり、南北約100m、東西約150mの敷地があります。

深見城は、史料には全く登場しない城で、深見城と言うのは仮称にすぎません。深見城は遺構の保存状態が良好で、現在、散策してもその空堀(からぼり)や土塁(どるい)、それらに区画された郭(くるわ)の様子がよくわかります。

現在は、深見歴史の森の一角となり、森や畑の中に静かにたたずんでいます。

まさに、幻の城跡です。

つる舞の里歴史資料館(大和市つきみ野7-3-2)に、深見城址のジオラマがあります。

※深見城址の敷地内は貴重な遺構保存のため、中に入ることができないように策で囲ってあります。策の外から一部遺構は確認できますが、むやみに立ち入らないようご注意ください。



●住所:大和市深見(城ケ岡)74付近
●問合せ先:046(260)5225(大和市役所 文化スポーツ部 文化振興課 市史・文化財係)
●アクセス:
小田急江ノ島線「鶴間駅」よりバス「一の関」バス停下車徒歩10分
小田急江ノ島線「鶴間駅」より徒歩15分
「深見歴史の森」内「大和市北部浄化センター」南側

津久井城址

小田原北条氏の城跡

独立峰「城山」を改造した山城で、戦国時代に、西方に対する境目の城として小田原北条氏の有力支城でした。現在はほぼ全域が県立公園となっており、遊歩道や登山道が整備されてだれでも気軽に歴史と自然を楽しむことができます。

●住所:緑区根小屋162
●問合せ先:042-780-2420
●アクセス:橋本駅(横浜線、相模線、京王線)「三ヶ木(中野経由)」行きバス(橋01系統)「城山高校前」下車、徒歩3分

終わりに

ここまで「大山・丹沢・相模原」エリアの通な旅のアイデアをご紹介してまいりました。「今はないお城」を探しに神奈川県を旅してみてはいかがでしょうか。

定番の観光ルートとは違ったアプローチでも楽しめるのが神奈川県の魅力ですね!

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