鎌倉のスイーツ「鳩サブレー」【歴旅コラム】
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鎌倉の神奈川県指定銘菓
さて、鎌倉ガイド協会では、修学旅行・校外学習のお手伝いとして、小・中学生をガイ ドすることが多くあります。特に集中するのが、春の5月、6月。そして、秋の11月。山梨・群馬・埼玉辺りからの子供達が多いですが、校外学習で東京都や同じ神奈川の川崎辺りからの子供達もいます。参加実績は新型コロナウィルスの影響がなかった平成30年度で93校7,362名。(ここ数年は、年に100校7,500名前後で推移しています。)
この大勢の子供達が、四季を問わず、鎌倉土産として迷わず購入する銘菓は何でしょう?それは「鳩サブレー」。豊島屋さんの黄色い紙袋を持って闊歩する子供達の嬉しそうな顔。ということで、今回はやはり「鳩サブレー」のご紹介をさせていただきたいと思います。
「鳩サブレー」
豊島屋さんのホームページによると、「鳩サブレー」の歴史は、豊島屋初代の久保田久次郎氏が店舗を開いて間もない明治30年(1897年)頃に、由比ヶ浜にあった鎌倉海濵院(長与専斎による日本で最初の海浜サナトリウム=結核療養所)に滞在していた外国人から、一枚の大きな楕円形のビスケットをもらったことに始まります。
材料のバターをなんとか調達し、何度も配合を試行錯誤して出来上がった最初のものは、鳩の形ではなく、普通の丸い抜型で抜いたものでした。
欧州航路から帰国したばかりという友人がそれを口にし、フランスのサブレーというお菓子に似ていると告げ、また、鶴岡八幡宮を尊崇していた初代は、八幡宮本宮の掲額にあった八の字(鳩の抱き合わせ)からヒントを得て、そのサブレーを鳩の形にすることを思いつきます。こうして、「鳩サブレー」が誕生するのですが、当時の日本では、バターの風味は馴染みのないもので、簡単には人々に受け入れてもらえませんでした。
大正に入り、「離乳期の幼児食に最適である」との小児科医からの推薦、また御用邸各宮家からのご用命があり、徐々に知られるようになったものの、関東大震災、昭和の大不況、そして戦争と困難な時代が長く続きました。昭和27年(1952年)にようやく、小麦粉と砂糖の統制が撤廃され、本格的な製造が始まったのです。
ご存じですか?「鳩サブレー」には発売当初、「鳩三郎」という愛称がありました。サブレーが「三郎」を連想させたことと、八幡宮ゆかりの源頼朝公が三男、つまり「三郎」だったことにもよるとか。
毎年、8月10日を豊島屋さんは「鳩の日」とし、感謝をこめた特別な商品を販売します。これを求めて、店舗前には早朝から行列が出来るほど 。
「鳩サブレー」はもはや全国ブランド。今や鎌倉を訪れる誰もが知っている定番銘菓になりました。
記事提供:NPO法人 鎌倉ガイド協会
(記事公開日:2021/2/26)