日本画家・堀文子が私財を投じて救った摩訶不思議な古木【花のコラム】
レースのような花とオリーブのような実、不思議な姿形から「ナンジャモンジャ」ともいわれたホルトノキ。高麗山(こまやま)の麓には、樹齢300年以上といわれるホルトノキとひとりの画家の物語がありました。
■紹介するスポット
高麗(こま)ホルトノキ
※本コラムは、かながわガイド協議会構成団体である「NPO法人大磯ガイド協会」より寄稿いただきました。
レース編みのような不思議な花
ホルトノキ(ホルトノキ科)は高さが20mにも達する常緑高木です。毎年7月下旬になると、小さな白い花が咲きます。花びらの先端が糸のように細かく切れ込んでまるでレース編みのよう。この不思議な形の花は、人々の常識には当てはまらなかったことから、古くは「ナンジャモンジャの木」とも呼ばれていました。花の後には直径2cm程度のオリーブより小さな実が付きます。でき始めは緑色で、11月ごろになると次第に黒く熟しますが、オリーブのように油を採ることはできません。
オリーブの木と間違われたホルトノキ
ホルトノキとは聞きなれない名前ですが、なぜそのような名前になったのでしょうか。「ホルトの木」は「ポルトガルの木」という意味で、元来はオリーブを指していました。江戸中期の博物学者・平賀源内が、オリーブと似たような実を付ける本種をオリーブと誤認したことから、ホルトノキと呼ぶようになったといわれています。そう聞くと外来種かと思いますが、千葉県以西の太平洋沿岸に分布する在来種で、とくに西南日本には多く、鹿児島県では茂樫(もがし)と呼ばれています。
神奈川県では希少なホルトノキの古木
神奈川県には数少ない希少な樹種で、大樹と呼べるようなものは、高麗ホルトノキの他に、逗子市、三浦市、横須賀市にしかありません。高麗ホルトノキは、高さ18mで幹の直径は1.2m、枝葉が茂る樹冠の広がりは直径20mと大変大きく、樹齢は300年以上の古木です。大気汚染に強いことから最近では街路樹として植えられるようになったホルトノキ。同じように街路樹として植えられるヤマモモとよく似ていますが、ホルトノキには一年中紅葉した赤い葉が少し混じっているので見分けることができます。
伐採の危機から救った日本画家・堀文子
「イタリーに行き来していたときのことだ。向かいの屋敷にあった、樹齢五百年にもなる巨木(名前をホルトの木という)が、ご主人亡きあと売り地となり、切り倒されることを知った」(『ホルトの木の下で』堀文子著 幻戯書房)。ホルトノキを何とか伐採から救おうと、日本画家・堀文子は延命運動を興します。町にも訴え、2年近く戦って万策尽きてもホルトノキを諦めず、最終的にはその土地を自費で買い取りました。その後、アトリエと寝室を建てて元の家から移り、2019年に100歳で亡くなるまで最後の仕事と生活の場としたのです。老後の蓄えの全てをなくしても、木の命を救えた喜びで、悔いはなかったそうです。
高麗山ハイキングの途中に立寄ってみたい
高麗ホルトノキは、旧東海道と国道1号線が交わる「化粧坂(けわいざか)」交差点を北に約300m進んだところにあります。JR大磯駅からは徒歩約20分。高麗山ハイキングの途中で立寄ってはいかがでしょうか。高麗ホルトノキは、一般財団法人堀文子記念館(代表理事・黒柳徹子)が管理しており敷地内に入ることはできませんが、隣接する道路から見ることができます。4月の大磯オープンガーデン開催時には、大磯ガイド協会のガイドツアーで特別に敷地内に入場し、庭園を鑑賞できることもあります。