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全通院勢至堂は、曹洞宗のお寺です。本尊の勢至菩薩は夢のお告げによって発掘されたとされており、江戸時代の寛永年間(1624~43)に建てられた本堂には寿老人が祀られています。
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一遍上人を宗祖とする時宗総本山の寺院。春と秋の開山忌や薄念仏会などさまざまな行事が年間を通じて行われています。東海道随一と謳われる木造本堂をはじめとした伽藍(平成27年(2015)に10棟が国の登録有形文化財に登録)や、樹齢700年と推定される境内中央の大イチョウ(市指定天然記念物)などを有する修行道場としても有名です。
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頼朝と文覚上人が建立し、鎌倉の外港として栄えた地に佇む古刹。ボケ封じ観音で知られ、室町時代の地蔵菩薩座像や横浜金沢七福神の一つ、大黒を祀っています。牡丹の寺としても有名です。
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20穴以上からなる大磯町で一番有名な横穴墓群で県指定史跡です。平面形態は、方形・逆台形・フラスコ形・羽子板形などさまざまであり、変化に富んでいます。天井形態は2基(家形・ドーム形)以外はアーチ形。湘南平への自然道に面しています。
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1253年立教開宗後、日蓮聖人が鎌倉での布教を志し、庵を結ばれたところに当山は開創されました。かの有名な「立正安国論」が執筆されたご法窟(非公開)、暴徒に襲われ一時避難された南面窟、鎌倉での最初の夜を過ごされたという化生窟、硯水取り井戸などの宗教的・歴史的な面だけではなく、四季折々の花々や鎌倉の自然が残る境内、高台の富士見台からは眼下に鎌倉市内が広がり、由比ガ浜や稲村ケ崎、遠くには富士山や伊豆半島まで臨めます。
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元歴元年(1184年)に開かれた高野山真言宗のお寺で、本尊は不動明王です。神仏分離により、別当を務めていた白旗神社の境内より、現在地に移転しました。源義経公の位牌(前面には白旗大明神と書かれている。)を安置しています。
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徳道上人、行基菩薩が開いたと伝わる古刹で、坂東三十三観音霊場の第二番札所です。脇に泉鏡花の句碑が立つ山門をくぐると、左手に本尊の十一面観音を安置する本堂が建っています。そこから130段もの石段を上がった高台に古観音堂があり、最高の展望が楽しめます。
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伝えでは源氏ゆかりの神社と言われています。初卯祭では的・弓矢・藁で大蛇を作り、歩射が行われます。例大祭では市の無形文化財に指定されている禰宜舞が披露されます。
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建久5年(1194年)、源頼朝が三浦大介義明菩提寺として建立しました。140年後に火災にあい建物はなくなってしまいましたが、1749年に仏心禅師が再建し、旧山号の雲龍山を改め、義明山としました。以来、臨済宗建長寺派の禅寺として今に至っています。本堂前のサツキの大株は「頼朝手植えのツツジ」といわれています。 三浦家ゆかりの文化財、三浦義明坐像(国指定重要文化財)等多数を所蔵しています。拝観は要予約。
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多摩川の二子(ふたご)橋にほど近く、二子神社があります。もと神明社と称し、創建は寛永18年(1641)といわれ、旧二子村の村社だったそうです。
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北条宗政の妻と子の師時が1281年(弘安4)ごろに建てたようです。この寺には、鎌倉十井の一つ「甘露ノ井」があります。豊かな緑におおわれた境内は、国の史跡に指定されています。
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吉沢地区の鎮守として知られています。上吉沢の八剱神社には大ケヤキがあり、下吉沢にある八剱神社の木造不動明王像「かんまん不動」は国指定重要文化財に指定されています。
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二宮町の吾妻山公園にある神社です。日本武尊(やまとたけるのみこと)の東征の時、妻の弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)は、海の怒りを鎮め、夫の武運を祈るため海に身を投じました。吾妻神社は、海辺に流れ着いた弟橘媛命の櫛を吾妻山山頂に埋めた場所とされています。
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片瀬諏訪神社は藤沢市の江の島近くに位置し、男神と妃神を祀る夫婦円満のパワースポットと言われています。
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琴平の地には、1570年頃神明社が祀られていました。その後1826年に香川金刀比羅宮の分霊を勧請神明社と合祀し、旧ご本殿は2007年奥宮を残し、焼失しました。しかし2011年に再建に合わせ花鳥山水画も復元され、時代を伝えています。
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江の島道から民家の軒をぬって石段を左に昇った場所に白山神社はあります。(写真提供:藤沢市ふじさわ宿交流館)
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浄発願寺は木食遊行の開祖弾誓上人により開かれた天台宗弾誓派総本山です。
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小字でいう宮根(みやね)にあり、一色の氏神。大日霊貴命(おおひるめのみこと)をまつっています。例祭日は7月15日・16日。戦前は毎月1日・15日に、平和と氏子の健康、出征兵士の武運長久を祈る祈願祭が行われ、住民や近郷からの参拝者も多かったとされています。
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寒川支線跡に造られた緑道が一之宮緑道です。この緑道には、約200mにわたり寒川支線のレールが保存され、車輪も置かれており、特に鉄道ファンにとっては、たまらない観光地です。四季の花々や草木を楽しみながら、散策できる緑道です。
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創建は推古天皇の御代と伝えられ、大正9年(1920)年に鶴見神社と改称されました。「川崎・横浜間最古の神社」と言われています。
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戦国時代の終わりに豊臣秀吉との小田原合戦に備え北条氏が作らせた総構の一部で、豊臣軍の本陣と向かい合う重要な場所でした。二重外張と呼ばれる土塁と堀を二重に配した構造となっていることから、この付近に出入口である虎口があったと考えられています。
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創建は欽明天皇の御代(539~571)と伝えられています。境内には、鈴鹿に生まれた有名な書誌学者斉藤昌三の句碑があります。また、縄文時代の平地式住居址があり、座間市指定重要文化財となっています。
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1333年(元弘3)新田義貞が鎌倉攻めをしたときの本陣をかまえた場所で、義貞が北条方の戦死者の霊を慰めるため1337年(延元2)に建立したといわれています。山門と本堂に掲げられている額の「内裏山」と「九品寺」の文字は、義貞の筆の写しと伝えられ、直筆と伝えられる額は本堂に保存されています。
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横須賀市東浦賀にある神社。奥の院に登る階段は恵仁志(えにし)坂と産霊(むすび)坂と名がつき、縁結びにご利益があるとされています。
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病気やケガなどの苦しみから救ってくださる仏様として知られる「薬師如来さま」をお祀りしています。特に、縁日で振る舞われるお団子は、「お目玉さん」とも言われ、眼病に御利益があるとされます。また、境内には、「薬師堂」をはじめ、「クスノキ」や「銅鐘」など、多くの文化財があります。・市指定有形文化財「薬師堂」現在の薬師堂は、宝暦8年(1758)に再々建されたものですが、来迎柱(厨子のまわりにある柱)は、天正12年(1584)の再建当時のものが用いられています。本尊の御開帳60年に1度の「庚寅(かのえとら)」の年に拝観することが出来ます。次は2070年です。
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浄永寺は、神奈川県小田原市城山にある日蓮宗の寺院です。
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傳肇寺は鎌倉時代末期に創建され、戦国時代には小田原北条氏の帰依も受けた古刹です。童謡作家の北原白秋が境内に木菟の顔そっくりな家を建て執筆活動を行っていた事から「みみづく寺」の名でも知られています。
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6月上旬~7月上旬にかけて自然発生のゲンジボタル・ヘイケボタルが飛び交う姿が見られることがあります。夜にホタルが飛び交う様は桃源郷を思わせます。
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「大津の鎮守さま」として親しまれてきた諏訪神社は、天長元(西暦 824)年に信濃国一の宮である諏訪大社より御分霊を勧請したのがその嚆矢(こうし)とされています。関東大震災では神社の社殿が倒壊、周辺集落も甚大な被害を被りましたが、氏子中の篤い信仰心のもと、各集落の氏神様も合祀して、被災より わずか一年半後に大津総鎮守として再興を果たしています。氏子中九か所十神社の御祭神も合祀され、大津地区の団結の象徴となっています。令和6年(2024)には御鎮座千二百年の節目の佳年を迎えました。
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元来、この地は入海の瀬戸(狭い海峡)のため、干満時に急流となり海上交通の難所でした。そのため、5〜6世紀の頃から海神を祀っていたとされています。源頼朝が平家追討の挙兵に御神恩のあったことを感謝して、伊豆三島明神を勧請したのが瀬戸神社の始まりと言われています。
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長元元(1028)年、宗我播磨守保慶の建立で、宗我氏の祖先をまつった神社といわれています。曽我郷六ヶ村(上曽我、曽我大沢、曽我谷津、曽我岸、曽我原、曽我別所)のそれぞれの鎮守を明治時代に合祀(ごうし)し、曽我の里の総鎮守となっています。
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綾瀬駅から徒歩10分のところに位置する真言宗のお寺です。
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高野山真言宗の寺院です。開基は源実朝といわれ、藤沢宿でも最も古い寺院の一つと伝えられています。(写真提供:藤沢市ふじさわ宿交流館)
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神奈川県小田原市にある日蓮宗のお寺で、小田原八福神の1つです。小田原は戦国時代より城下町として栄え、歴史と文化を感じる史跡があふれる町です。蓮船寺は戦国時代の末期に小田原北條氏一門、井出氏の開基により創建され、400年以上の歴史が続いています。
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座間警察署東側の段丘下にある境内の池の奥から湧き出す湧水。現在は、池を潤す水として利用されています。心岩寺では、境内から土器片が発見されたり、東側の台地上でも縄文中期の遺跡が発掘されたりと、先史時代から周辺住民の貴重な生活用水として利用されていたといわれています。また、湧出量が豊富であったため、寺の西側にあった後背湿地の水田にも利用されていたといわれています。
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松原神社は、小田原北条氏(戦国時代)以降、歴代城主が崇敬してきた小田原の総鎮守とされています。
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藤沢市にある浄土宗のお寺です。本尊の阿弥陀如来は市の重要文化財です。また、墓所を包むようにひろがる約7900㎡の静かな寺林も、天然記念物として市の指定を受けています。(写真提供:藤沢市ふじさわ宿交流館)
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親鸞聖人の門弟 信楽房(しんぎょうぼう)が開基の寺。親鸞聖人の子 善鸞が東寺を聖人の旧跡と慕って滞在し、当地で往生したといい、墓所があります。

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