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雨岳文庫・山口家住宅は、平成10年に国登録有形文化財になった建物で、幕末には将軍側近の旗本間部家の代官所であり、明治期初めには自由民権運動の勉強会場に使用されました。二階は殿様の部屋に改造された関係で、数寄屋風の意匠が襖や建具に施されています。一階の奥の間は代官所跡で、間部氏の国許(くにもと)用人格(ようにんかく)の山口家に残る幕末史料や自由民権資料などが展示されています。隣接の畑は、春には梅の名所として、また菜の花畑としてもにぎわいます。※予約いただければ英語対応も可能。
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頼朝と文覚上人が建立し、鎌倉の外港として栄えた地に佇む古刹。ボケ封じ観音で知られ、室町時代の地蔵菩薩座像や横浜金沢七福神の一つ、大黒を祀っています。牡丹の寺としても有名です。
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厚木市古民家岸邸は、明治24年に建てられた歴史的な建物で、厚木市指定有形文化財です。母屋は、木造2階建で、寄棟造瓦葺です。この住宅に使用されている木材は、欅や松などで質が極めて高く、仕上げも入念で、どこの部屋を見ても随所に凝った意匠を見ることができます。創建後、2回の増改築が行われており、明治、大正、昭和期それぞれの生活、建築技術、流行などの時代の変化を1軒見学することで感じることのできる大変貴重な建物です。
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昭和初期に建てられた古民家を、平成3年に秦野市の蓑毛地区へ移築復元した施設です。令和2年(2020年)4月には、葉たばこ栽培に関わる遺構として、また昭和初期の農家建築を知るうえで重要な建築物と認められ、国登録有形文化財(建造物)に登録されました。家の構造は、当時の一般的なたばこ農家に見られる建築様式で、田の字型四間(よつま)となっており、土間には農具や日用品も展示され、農家の暮らしを知る上で貴重な施設となっています。村民体験や稲刈り、お月見会なども開かれ、自然豊かな周辺をめぐるハイキングも定期的に設けられています。
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カスヤの森現代美術館は1994年4月に、私設の現代美術館として開館しました。しばし日常から離れ、竹林に囲まれたティーラウンジで、くつろぎのひとときをお過ごし下さい。
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元歴元年(1184年)に開かれた高野山真言宗のお寺で、本尊は不動明王です。神仏分離により、別当を務めていた白旗神社の境内より、現在地に移転しました。源義経公の位牌(前面には白旗大明神と書かれている。)を安置しています。
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能見堂は1661年~73年の間に領主であった久世大和守広之が再興した擲筆山地蔵院のことです。元禄時代、中国からの渡来僧、心越禅師が故郷の景色を偲んで、ここから見た金沢八ヵ所の勝景を漢詩に詠んだのが金沢八景の始まりと言い伝えられています。
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境内には鎌倉時代の海老名氏一族の国分季頼が国分尼寺に寄進した銅鐘や海老名に伝わる昔話「尼の泣水」に縁のある如意輪観音像が境内に安置されています。銅鐘は国指定の重要文化財となっています。
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弥生時代後期の環濠集落(周囲に溝を巡らしたムラ)で、ほぼ完全な形で出土した国指定史跡。遺跡は埋め戻されており、神崎遺跡公園として整備されています。公園には環濠等の位置表示や遺跡の説明板があり、散策しながら歴史を学ぶことができます。
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箱根町、小田原市、真鶴町、湯河原町南足柄市の2市3町が位置する箱根火山周辺地域は、3つのプレートが重なり合う位置にあり、きわめて多様な火山地形、火山堆積物、火山岩などが見られる、世界的にもユニークな火山地形。「箱根ジオミュージアム」はそんな箱根火山の不思議と魅力に出会える博物館です。
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西行ゆかりの草庵で俳句を詠んでみませんか歌人西行法師が詠んだ名歌、「心なき身にも あはれは知られけり 鴫立澤の秋の夕暮れ」から名をいただいた鴫立庵は360年以上続く俳諧道場です。現在も句会が開かれている茅葺き屋根の草庵と侘び寂びのお庭をゆっくりご覧ください。庵内のお堂には日本三大仇討ち物語の一つ、「曽我物語」の想い人であった虎女の有髪像や地名ゆかりの西行像が安置されています。石碑や句碑をご覧いただくと共に是非、俳句をご投句ください。投句いただいた句は全て現庵主が目を通します。選ばれた俳句は翌年の鴫立庵だよりに掲載いたします。春と秋にはお抹茶と大磯銘菓の西行饅頭を庵のお庭でお楽しみいただけます(期間限定)。江戸時代に迷い込んだような情緒あるお庭でのひとときをお過ごしください。
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『吾妻鏡』には鎌倉幕府の中枢を担っていた梶原景時が相模国一宮に館を持っていたと記されています。その跡地が天満宮を中心とする一帯であるといわれています。
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一遍上人を宗祖とする時宗総本山の寺院。春と秋の開山忌や薄念仏会などさまざまな行事が年間を通じて行われています。東海道随一と謳われる木造本堂をはじめとした伽藍(平成27年(2015)に10棟が国の登録有形文化財に登録)や、樹齢700年と推定される境内中央の大イチョウ(市指定天然記念物)などを有する修行道場としても有名です。
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鎌倉の建長寺の末寺として室町時代初期に創設され、観音堂をはじめ清水寺の遺構を受け継いでいます。観音堂、仁王門、仁王像、絵馬は海老名市指定の有形文化財となっています。高台にあり眺めがよく、晴れていれば大山を望むことができます。境内には様々な草木があり、通年楽しむことができます。
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江戸時代の宿場には、幕府関係者や大名を泊める宿として「本陣」があり、この本陣の補助的な役目を果たしたのが「脇本陣」と呼ばれる宿舎でした。平塚宿には本陣・脇本陣がそれぞれ一軒ずつありました。
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現存する神奈川県内最大の古墳4世紀中頃から後半に築造された2基の前方後円墳です。平成11年、携帯電話の中継基地工事の際に発見され、発掘調査では、つぼ形や円筒の埴輪が出土しました。第1号墳は墳丘の長さ91.3メートル、山を削って成形した上に、約1.5メートルの盛り土をして築いてあります、後円部は3段、前方部は2段の段築(斜面に段を設ける構造)になっています。1号墳の周辺からは、眼下に田越川流域の逗子市街や相模湾、遠くに富士山や丹沢の山々などを一望できます。反対に、平野部や海上からもこの前方後円墳を望めていた可能性も高く、そのような場所に築くことで、権威や威厳を示していたのではないでしょうか。
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平安時代鎮座。北野天満宮、太宰府天満宮と併せ日本三古天神とも称されます。御祭神である菅原道真公が学問に秀でていたことから、学業成就や受験合格の祈願社で賑わい、昭和平成に活躍した「漫画集団」に縁深い二つの筆塚も有名です。
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神奈川県横浜市にあるキリスト教カトリックの教会です。
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多摩川の二子(ふたご)橋にほど近く、二子神社があります。もと神明社と称し、創建は寛永18年(1641)といわれ、旧二子村の村社だったそうです。
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平安時代後期の武将源義家(八幡太郎)が見つけ詞に詠んだ山桜があり、その後「江戸見桜」と称されています。その他子どもたちがターザンごっこをしたといわれる「ターザンの木」、川崎市の緑地になった「末長熊の森緑地」があります。
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日本画家・山口蓬春が数々の名作を生み出した邸宅を美術館として公開。蓬春の日本画や蒐集した古美術品を展覧会毎に随時展示しています。近代数奇屋建築の名匠・吉田五十八設計の画室や四季折々の草木が楽しめる庭園も必見です。令和4年に国登録有形文化財(建造物)に主屋・画室が登録されました。
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鎌倉国宝館は昭和3年4月3日に開館した歴史・美術の博物館です。館内には、鎌倉市域や近隣の社寺に伝来する様々な文化財のうち代表的な作品の多くが寄託され、保管・展示しています。仏像が露出展示されているので、仏堂にいるかのような雰囲気で仏像の生の迫力を体感できます。
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横浜市電保存館は、市電が廃止された翌年の昭和48年に滝頭車両工場跡地に開館し、その後、昭和58年には、現在の市営住宅1階に建て直されました。館内には、7両の市電車両、停留所標識、敷石を当時の姿で保存、市電が走っていた時代の「時間」と「空気」を感じていただけるよう再現しています。
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徳道上人、行基菩薩が開いたと伝わる古刹で、坂東三十三観音霊場の第二番札所です。脇に泉鏡花の句碑が立つ山門をくぐると、左手に本尊の十一面観音を安置する本堂が建っています。そこから130段もの石段を上がった高台に古観音堂があり、最高の展望が楽しめます。
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【概要】秦野市では、1998年に東田原出身の浮世絵収集家・大津圓子氏から浮世絵約1,900点の寄贈を受けました。秦野市立図書館内にある「はだの浮世絵ギャラリー」では、大津圓子氏から寄贈された貴重な浮世絵を様々な企画内容で展示しています。
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元来、この地は入海の瀬戸(狭い海峡)のため、干満時に急流となり海上交通の難所でした。そのため、5〜6世紀の頃から海神を祀っていたとされています。源頼朝が平家追討の挙兵に御神恩のあったことを感謝して、伊豆三島明神を勧請したのが瀬戸神社の始まりと言われています。
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鎌倉幕府3代将軍の源実朝は1219年甥の公暁(くぎょう)により暗殺されました。すぐに公暁は三浦氏の家来により討ち取られ、持っていた実朝公の御首は、その家来により秦野のこの地に密かに運ばれ、埋葬されたといわれています。塚の近くには歌人として有名だった実朝の歌碑があり、毎年11月23日には「実朝まつり」が開催され、近くの金剛寺により法要が行われています。
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川崎駅から徒歩5分、エンターテイメントの街「ラ チッタデッラ」内の大型ライブホール、クラブチッタ。1988年に大型ライブホールの先駆けとしてオープンしました。国内外のアーティストが出演する、歴史あるライブホールです。
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1947年創立。外国人居留地の英国人教会から始まりました。英国教会(国教会/聖公会)の流れをくむ日本聖公会の教会です。
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藤沢市ふじさわ宿交流館では、東海道五十三次や藤沢宿に関する資料の展示やご案内、講座等のイベントも開催しています。藤沢宿は江戸時代に整備された東海道の宿場町です。日本橋から数えて 6 番目の宿場町に位置し、その範囲は遊行寺坂の江戸方見付から京方見付までの間の12里17間(約 1340m)です。時宗総本山である遊行寺を中心に、周辺には往時の面影をしのぶ社寺が多く残されています。また、明治期になると旧藤沢宿地区は問屋街に転身して、地の利を活かして流通の中心地として賑わいをみせます。現在も明治・大正期に建築された店舗や蔵などが歴史的建造物として点在しています。
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街中に設置されているアート作品を横浜の街の散策やショッピングと共に楽しむことができます。パシフィコ横浜の屋外エリアにある臨港パークには、平成13年の「横浜トリエンナーレ2001」に出品された「フルーツ・ツリー」が設置されています。豊饒(ほうじょう)と平和への祈りが込められた作品で、太い幹に支えられ、色とりどりの果物や野菜がたわわに実っています。また、横浜美術館に隣接するグランモール公園には風の通り道・流れを意識し、「たなびく雲」をイメージして作られた「モクモク ワクワク ヨコハマ ヨーヨー」があるほか、みなとみらい21エリアや横浜駅周辺にはアート作品が沢山あります。
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園内には縄文集落の雰囲気を再現し、土葺きと笹葺きの竪穴住居2棟を復元しているほか、周辺には竪穴住居廃絶後の窪地なども復元しています。また、集落の終末期に登場する敷石住居のレプリカも屋外展示しています。公園内の管理棟には小スペースながら勝坂遺跡出土品やパネルの展示を行っています。
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旧近藤邸は、関東大震災の直後の1925年(大正14年)、藤沢市辻堂の松林に別荘として建てられました。当時の和洋折衷の代表的な建物といわれています。設計した遠藤新は、1914年(大正3年)に帝国大学を卒業後、帝国ホテル(旧館)の設計で知られるアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトに6年間師事し、その思想を学ぶと同時に、日本の生活と風土に合わせた独特の様式を編み出しました。常に建築と人間との調和を考え、西欧の模倣ではない「真の日本の住宅」を追い求めた遠藤新の精神を、旧近藤邸の随所に読みとることができます。
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三崎の昭和の暮らしが展示されています。また、三崎出身の作曲家・小村三千三コーナーには貴重な直筆の楽譜もあります。ユネスコ無形文化遺産・国指定重要無形民俗文化財であるチャッキラコの資料も見ることができます。
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傳肇寺は鎌倉時代末期に創建され、戦国時代には小田原北条氏の帰依も受けた古刹です。童謡作家の北原白秋が境内に木菟の顔そっくりな家を建て執筆活動を行っていた事から「みみづく寺」の名でも知られています。
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松原神社は、小田原北条氏(戦国時代)以降、歴代城主が崇敬してきた小田原の総鎮守とされています。
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三ノ鳥居をくぐり正面にみえる石造りの反橋を太鼓橋という。1182年の建立で、東西に分かれる源平池の中央にかかっている。
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下鶴間ふるさと館には、市指定重要文化財の旧小倉家住宅の母屋と土蔵が復元されています。母屋は安政3年(1856)に建築されたもので、宿場の商家建築として県内でも数少ない建物です。

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